2011年4月10日日曜日
誰が先頭に立つべきか
世の中には標準化、マニュアル化してそれをこなしていく仕事と
それとはまったく別に、先の見えない事象に予測を立てながらストーリ(計画)を創り、
実行していく仕事がある。
つまり不確定要素の塊のような仕事を日常の仕事として行っているカテゴリーの仕事だ。このカテゴリーに属する人達がいる。
福島原発の収束の見通しがまったく見えていない。
専門家の人達の話をいろいろ紹介しているが、収束へのストーリー(計画)を立て、実行できる人はいない。
国民がなるほど!と納得できるストーリーを示したプロはいない。
一刻も早くカテゴリーかての異なる人たちに先頭を走らせるべき。
彼らに専門家たちが必要な情報を提供し、バックアップする。
今何が起きているかの説明ばかりで次の手が示せない。
どのように収束させるか、という具体的ストーリーを明確に示す、
そのために何が課題かを明確にし、その課題を解決しつつ計画を実行する。
未経験の事象に対しても、内容をしっかり整理し、収束に向けての対応策を立て実行できる、
一刻も早くそういうカテゴリーの人たちに先頭を交代するべきだ。
いつまでも原発の運転手にまかせていてはいけない。
運転はすでに昔の話だ。
八方塞がりの状況を打開すべく作戦を立て実行するとき。
これを当たり前のようにこなす人たちがいる。
今こそ彼らが先頭に立つときである。
2011年4月8日金曜日
Change Myself!
持続可能な社会をつくるために自分に環境を合わせるのではなく、
自分が環境に合わせることを考える。
ほんの少しだけ、地球に歩みよってみる。
その一歩が重要。
そのためには自分が変わること。
他人の気持ちは変えられなくても自分の気持ちは変えられる。
2011年4月7日木曜日
自転車通勤
こんな題名のコラムを書くとは思わなかった。
骨盤を骨折し、自転車に乗れなくなった。
いや、痛いと思いながら乗っていたのだが、病院のMRIで確認の結果、骨折だとわかった瞬間から気持がめげて乗れなくなった。
病院の先生曰く、「安静にする!」「歩くなら負荷をかけないよう杖を使用する!」
電車通勤に切り替えたが、節電のため、駅のエスカレーターが止まり、階段の上り下りが特にキツイことと、先生の勧めもあり、一時自動車通勤に切り替えることにした。
一般道だと、自転車より時間を要することはわかっているので自動車専用道(有料道路)を走ることにした。
すばらしくラクである。
足の指先を少し動かすだけで、手を少し動かすだけで、クルマの動きが自在になる。 筋肉を使うでもなく、心拍が上昇するでもなく、だ。
しかも、距離や天気、気温、風向風速き関係なし。
何の情報を取らなくとも、簡単に目的地へ着いてしまう。
まるで自分がパワーアップしたかのような錯覚。
でもこれが当たり前になっているのがクルマの世界だ。
この筋肉も心拍も関係ない動作自体もすでに面倒になっているに違いない。
人間のダメな部分。
走りながら自分がどんどんダメになっていく気がした。
すごく後ろめたかった。
なんといっても自転車で通える距離を自動車で通うのだから。
この「ラク」がすべての問題の根っこだ。
「ラク」したいという人間の「エゴ」が大量の炭酸ガスやを排出し、地球環境に負荷をかける。
運動不足からメタボになる。
地球にも自分にも負担をかけている。
痛みが取れたら早く自転車に戻そうと思う。
「ラク」でなくていい。「フツウ」で。
2011年4月5日火曜日
夜の街
通勤時間の電車のダイヤが概ね安定してきた。
駅のエスカレーターや照明、電車のエアコンを使用しないことで節電も実施している。
そもそも消費カロリーよりも摂取カロリーが多いことが問題として捉えられている時代。
国民みんなが階段を上り下りするのは非常に良い事だと思う。
夜の街の暗い灯りも最近は慣れてきた。というか、これでよいのではないか。
自宅最寄り駅付近から、そそくさと家路を急ぎたくなるこの独特の雰囲気。
以前行ったドイツのフォルクスブルグやハノーバの街の雰囲気に近いことを思い出した。
これまで夜なのにそもそも明るすぎたのではないかと思う。
もちろん治安の問題、安全性の問題もある。
信号機は絶対にストップさせるわけにはいかない。
どこでバランスをとるか。
そもそも夜遅くに塾帰りの子供たちが安全に過ごせる街というのにムリがあるのではないか。
子供たちはそもそもそんな時間に街をうろついていてはダメだ。
つまりこれまでとまったく同じ生活を維持しようとしてはダメだ。
まず自分たちから変わっていくことが必要。
駅のターミナルの明るさにあやかれない自転車通勤の人たちは何が必要か知っている。
節電と言われなくとも、暗い夜道を今日も自分の安全を確保しながら走っている。
自分の身を自分で守りながら・・・。
社会に対して何ができるかを考えながら・・・。
2011年4月4日月曜日
福島第二原発の漏水について
報道によると福島原発の漏水が止まらない。
コンクリート、吸水性ポリマー、おがくず、新聞紙等で対応したものの漏水の量に明確な変化がみられないとのこと。
これらの対応ってNATMトンネル掘削中の湧水対策とほぼ同じではないか。
であれば次はウレタン系注入材(ポリオールに水ガラスを配合したウレタン=シリカレジン)が有力ではないか。
パッカーを用いて反応時間をコントロールしつつ水中で発泡させられるため十分に可能性がある。
少なくともこれまで試してきた早強コンクリートをはじめとする材料よりは、はるかに効果が期待できると考える。
静水中ではないため、注入方法に工夫が必要だが、それはトンネル切羽の湧水に対してでも同じこと。
即効性がある部分も、放射線量の多い中での作業に向いている。
2011年3月29日火曜日
自転車を活用してみる
いつも自転車で通勤する距離は最短経路で片道22キロメートル。
この道程には約30箇所に信号機がある。
自転車での所要時間およそ1時間10分。
もちろん信号待ちも入れた時間。
同じ時間帯にクルマで移動したときの所要時間は1時間15分。
クルマの瞬間速度は自転車より速いが、信号で止まるたびにリセットされてしまう。
途中ひどい渋滞箇所があり、1つの交差点で5~10分動けない。
そんな交差点がいくつかある。
結果としてクルマより自転車の方が移動時間が少ない。
にもかかわらず渋滞の中、相変わらずクルマのドライバーは車内でじっとしている。
炭酸ガスを排出しながら。
エアコンを効かせながら。
一度外に出てきてみてはどうだろう。
自転車で移動してみてはどうだろう。
いつもより早く会社に着く!という事実に目から鱗が落ちるはずだ。
決して楽ではない。
上り下りの連続だ。イヤにだってなる。
でも渋滞だってイヤなはずだ。
化石燃料を燃やすのではなく、脂肪を燃やしてみる。
本当に簡単な事。頭で考えるのではなく体を動かすだけで結果が出る。
地球環境負荷も遥かに小さいはずだ。
2011年3月27日日曜日
持続可能な社会に向けて
空気、土壌、農作物、水道水、放射線による汚染濃度が毎日のように変わり、震災以来、次々と店舗からなくなる商品が変わっていく。
消費者の不安が過剰な買占めに走らせる。
先日、自宅にミネラルウォーターがなくなったため、会社帰りにコンビニに立ち寄った。
3件目の店舗でやっと見つけたミネラルウォターは配送直後なのか店舗にはたくさん陳列されていた。
2リットルボトル1本を購入し、バックパックに詰めた。
ペダルを回していると荷物がいつもより重いせいか、購入した水に想いがめぐる。
家族全員分の食事に効率よく使うとどれくらいもつのだろうか・・・?
それにしても自転車という移動手段は何と理想的なのであろう。
クルマという自分の力以上のツールを使うから自分自身では運びきれない量の商品を買いこむ。
ミネラルウォーターならカートに積めるだけ積んでクルマで持ち帰ることが可能であろう。
でも自転車なら、バックパックに入れられる1本がせいぜい。
カゴが装備されている自転車だって、クルマと比べればその積載量はたかがしれている。
みんなが徒歩や自転車で買い物に来ればまとめ買いが抑制されるのことは間違いない。
徒歩や自転車で可能な移動にクルマを使っていないか?
人間が持続可能な社会を創っていくためには、等身大の生活を送ることが必要。
そんな社会を創る上で自転車の使用を拒む理由があるなら、誰か教えてほしい・・・。
3件目の店舗でやっと見つけたミネラルウォターは配送直後なのか店舗にはたくさん陳列されていた。
2リットルボトル1本を購入し、バックパックに詰めた。
ペダルを回していると荷物がいつもより重いせいか、購入した水に想いがめぐる。
家族全員分の食事に効率よく使うとどれくらいもつのだろうか・・・?
それにしても自転車という移動手段は何と理想的なのであろう。
クルマという自分の力以上のツールを使うから自分自身では運びきれない量の商品を買いこむ。
ミネラルウォーターならカートに積めるだけ積んでクルマで持ち帰ることが可能であろう。
でも自転車なら、バックパックに入れられる1本がせいぜい。
カゴが装備されている自転車だって、クルマと比べればその積載量はたかがしれている。
みんなが徒歩や自転車で買い物に来ればまとめ買いが抑制されるのことは間違いない。
徒歩や自転車で可能な移動にクルマを使っていないか?
人間が持続可能な社会を創っていくためには、等身大の生活を送ることが必要。
そんな社会を創る上で自転車の使用を拒む理由があるなら、誰か教えてほしい・・・。
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