2012年2月17日金曜日

「自転車市民権宣言」で云いたかったこと4




























古倉宗治先生は、自転車交通のすべてを知りぬいている方である。
いつも迷宮入りする自転車の走行空間についての議論も、先生にとってはすでに結論は出ているのだ。
この方がおられなければ、この議論は今後どうなっていくのか考えたくない。それほど重要な方だ。

これまで自転車は車道を走ることが大前提であることは何度も書いてきた。
これから自転車レーンが各地で導入されていくのであろう。
混乱を招かないために、全国共通の思想で作られなければならない。
ただ自転車レーンが先にありきではない。
狭いから自転車レーンが作れない。
だから自転車は歩道、ではなく、自転車レーンが作れない場所でも自転車は車道なのだ。
レーンが一人歩きすると、東京都のように荷物の積み下ろしのための車両があるからレーン設置はダメ!
じゃあ自転車はどこを走るのか?歩道?なんていうようなおかしな話になりかねない。
積み下ろしの車両があろうが、そのためにレーンが作れなくとも、自転車は車道を走るのである。
その車道を走る自転車のスペースをクルマに認識してもらい、より高い安全性を確保するために作るレーンである。
そこがぶれてはいけない。

果たして自転車先進国に追いつくことができるだろうか?
それは容易なことではない。

ただ日本の国民性を考えると、クルマのドライバーと自転車に乗る人が、法律を正しく認識し、安全意識を共有できれば、必ずしも自転車レーンがない場所でも、お互いに安全な走行空間をシェアできると考える。
繰り返すが自転車レーンが不要と言っているのではない。レーンはあって欲しい。
ただ車道上に自転車レーンがなくとも路上をシェアして走行する。
どういう状況においても秩序をもってもきちんと並ぶ国民である。
自転車とクルマが道路をシェアすることが当たり前になったとき、
暗黙の規律ができあがり、安全な交通の流れが出来上がる。
それこそが日本が自転車先進国に一気に追いつき、さらにその上のモラルの領域まで達する方法だと思う。

レーンがなくとも事故を起こさず路上を上手にシェアするすばらしい国民!
海外からそんな評価を受ける。
日本の国民というのはそういう国民なのではないか。

まずはクルマ、自転車の位置づけとルールの正しい理解。そのための教育。
ここからであると思う。


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